東京高等裁判所 昭和35年(ネ)734号 判決 1960年8月23日
控訴人(原告) 米陀元次郎 外二名
被控訴人(被告) 通商産業大臣
訴訟代理人 板井俊雄 外三名
原審 東京地方昭和三一年(行)第三二号(例集十一巻五号128参照)
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。控訴人らを異議申立人とする胆振国試登第五九〇九号の許可及び登録処分の取消に関する異議申立事件について被控訴人が昭和三〇年一一月二四日にした決定を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方事実および法律上の陳述ならびに証拠の関係は、左記の外、いずれも原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
1、双方代理人において、原判決第二枚裏九行目および第三枚裏五行目に、各「通謀」とあるのは、「通牒」の誤記であると述べ、
2、控訴代理人において、控訴人らの有する胆振国試登第五八九九号試堀権の目的たる鉱物の種類は、金鉱、銀鉱、銅鉱、硫黄、硫化鉄鉱、明ばん石であると述べ、被控訴代理人において、右控訴代理人の主張は争わないと述べた。
3、原判決第三枚目表一一行目の「原告本人」は「原告米陀元次郎本人」の誤記と認められるので、そのように訂正する。
理由
一、札幌通産局長は、昭和二九年一〇月二六日、訴外岩田一らの申請に基き、胆振国試登第五九〇九号を以て、鉄鉱を目的とする試堀権を許可して、その登録をしたこと(以下岩田一等の右試堀権を、第五九〇九号試堀権と表示する。)、控訴人三名は、札幌通産局長に対し、金鉱、銀鉱、銅鉱、硫化鉄鉱、硫黄、明ばん石を目的とする試堀権の許可を申請し、昭和二九年九月二一日その許可を受けて胆振国試登第五八九九号としてその登録を受けたこと(以下控訴人等の右試堀権を第五八九九号試堀権と表示する。)、第五九〇九号試堀権の鉱区と第五八九九号試堀権の鉱区とは相当部分が重複すること、控訴人等は、第五九〇九号試堀権は、第五八九九号試堀権と、同種の鉱床中の鉱物を目的とするものであるから、不許可となるべきものであるとの理由の下に、札幌通産局長の第五九〇九号試堀権許可の処分に関し、被控訴人大臣に異議の申立をしたが、被控訴人大臣は昭和三〇年一一月二四日異議棄却の決定をしたこと、その理由は、第五九〇九号試堀権の目的たる鉄鉱は、第五八九九号の目的たる鉱物とは異種の鉱床中に存するものであるというにあつたこと、以上はいずれも当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない甲第二、三号証によれば、第五八九九号試堀権の鉱区は、胆振国白老郡白老町及び幌別郡幌前町地内三〇一ヘクタール五〇アール、第五九〇九号試堀権の鉱区は右白老町地内二七七ヘクタール四〇アールであることが認められ、原審における受命裁判官の検証の結果によれば、第五八九九号試堀権の鉱区の六〇―七〇%が第五九〇九号試堀権の鉱区と重複していることが認められる。
二、そこで、第五八九九号試堀権の鉱区(第五八九九号試堀権の鉱区と、第五九〇九号試堀権の鉱区との重複した区域だけが問題になるわけであるが、本件の証拠中には、右重複した区域とその余の区域とを区別して考察することができる資料はないし、第五八九九号試堀権の鉱区全部について判断すれば、右重複した区域についても、当然判断したことになるので、以下においては、第五八九九号試堀権の鉱区全体を対象として判断する。)において、第五八九九号試堀権の目的たる前掲各鉱物と、第五九〇九号試堀権の目的たる鉱物すなわち鉄鉱とが、同種の鉱床中にあるものか、はたまた異種の鉱床中にあるものかを考察する。
鉱業法において、同種の鉱床中にある鉱物とは、賦存及び成因の状況から見て、二種以上の鉱物が、これを同一鉱業の稼行対象とすることが鉱業の実態に適し、経験上合理的とされるものをいうものと解すべきである。そして、鉱床の同種異種の判定に関して、どんな鉱物とどんな鉱物が同種の鉱床中にあるものとすべきかについては、現行法上何らの規定がないので、結局、この判定は、前述して同種の鉱床中にある鉱物の意義に鑑み、科学的ならびに産業的見地から、個々の場合に当つて具体的になされるべき事実認定によつて決せられるものと解すべきである。
右の点に関して、わが国の鉱業行政の実務上、控訴人主張の鉱山局長通牒三六三号による五分類の原則なるものが行われていることは当事者間に争いなく、弁論の全趣旨に照らせば、右通牒は、成立に争いのない乙第一号証記載の、昭和二六年五月一一日附「鉱業法等の解釈及び運用について」と題する鉱山局長通牒であると認められるが、同通牒は、異種の鉱床として取扱う鉱物の分類を、「一、石炭、亜炭、二、石油、可燃性天然ガス、アスフアルト、三、砂鉱、四、石灰石、ドロマイト、五、その他、」としているから、これによれば、第五九〇九号試堀権の目的たる鉄鉱と、第五八九九号試堀権の目的たる硫黄その他の前記鉱物とは、ともに右の「五、その他」に属し、同種の鉱床中に存する鉱物であるということになるわけである。
しかしながら、右五分類の原則は、行政事務処理のための基準ないし資料であつて法規としての効力を認め得ないことは、前段の説明に照らして明かであるから、鉱業権の許可の処分が、右原則に違反していることを以て、直ちに違法といい得ないことは論をまたない。
尤も、前記乙第一号証と、成立に争いのない乙第二号証の一、二、同第三号証の一ないし八、同第四号証の一ないし九を綜合すると、右五分類の原則は、わが国鉱業行政当局が、永年に亘つて収集した資料によつて合理的に定めた行政取扱上の基準であつて、各通産局でも、その管内の実情に応じ、または個々の場合の特別の事情に鑑み、例外の取扱いをすることもあるとはいいながら、原則としては右五分類の原則を尊重しているものであることが窺われるのであつて、右五分類の原則は、これを全国的に見れば、高度の妥当性を有するものであることが推認される。
次に、札幌通産局では、右五分類の原則を採用することなく、六分類の原則なるものを採用していることは、弁論の全趣旨に照して当事者間に争いがない。そして、前記乙第二号証の一、二、同第三号証の一、二、同第四号証の一、六を綜合すると、右六分類の原則は、現行鉱業法施行当時から採用されているもので、前記五分類の原則中「五その他」を鉄鉱とその余のものに分けて各独立の分類としたもので、鉄鉱を一の分類として独立させた外は、五分類の原則と全く同一のものであること、札幌通産局管内で鉄鉱を独立の分類とすることは、昭和一九年八月一日当時から行われていたものであること、そして、右六分類を採用しているのは、「同局管内(北海道)における鉄鉱の賦存地域は、道南の胆振、後志、渡島の大部分であつて、その成因は、第四紀層時代の洪積層中に含鉄冷泉が湧出又は滲出沈殿して生成された褐鉄鉱床が多く、管内の大部分がそうした鉱床を採堀しており、一方、硫化鉄の二次的変化によつて生成された鉄鉱床で稼行の対象になつている鉱山は稀有であつて、胆振国で実地調査の結果第三紀層中の石英粗面岩中に胚胎された硫化鉄鉱が二次的変化を受けて赤鉄鉱と共存する状態にあり、その他後島国弥志郡に、第三紀層の硬質砂岩と頁岩とを母岩として、硫化鉄が酸化せられ褐鉄鉱と共存する地域があるにとどまる。」というのが実情であるので、鉄鉱を独立の分類とし、硫化鉄鉱が赤鉄鉱又は褐鉄鉱と共存する場合は、例外的な場合として取扱つているものであること、をそれぞれ認めることができる。そして、鉱物の成因及び賦存の状況ないし鉱山稼行の実状が右の通りである以上、右のような分類の原則を採用することは、合理的であるというべく、なお、北海道に関しては、右六分類の原則は、前記五分類の原則に優先する高い妥当性を有するものというべきである。
以上の次第であるから、第五八九九号試堀権の鉱区における鉱床の同種異種の判定に関して、札幌通産局の六分類の原則を、法的効力あるものとして適用することはもとより許されないが、これを高度の妥当性を有する資料として判定を行うことは差支えがないというべきである。
そして右原則によれば、第五八九九号試堀権の鉱区における鉄鉱と金鉱、銀鉱、銅鉱、硫化鉄鉱、硫黄及び明ばん石とは、異種の鉱床中にあるものと判定されることは前述の通りである。そして、一方、右鉱区内において、右六分類の原則が妥当しないような鉱物の成因及び賦存の状況ないし鉱山の稼行状況の存することを認めるべき証拠はなく、却つて、(イ)、成立に争いのない甲第四号証を原審における控訴人米陀元次郎本人尋問の結果に綜合すれば、工業技術院地質調査所北海道支所通商産業技官斎藤正雄外一名が、昭和二八年五月及び一一月の二回に亘つて第五八九九号試堀権及び第五九〇九号試堀権の各鉱区の実地を調査した結果によれば、(甲第四号証はその実地調査の報告書である。)、これらの鉱区に賦存する鉄鉱床は、主として石英粗面岩質角礫凝灰岩に沈澱した褐鉄鉱床であること、硫黄鉱床については、これら鉱区に近接した地域において、石英粗面岩もしくは同質角礫凝灰岩中に僅かに昇華もしくは鉱染として認められるので、本件各鉱区内でも右と同程度の鉱床の賦存が考えられるが、稼行できる程度の規模の鉱床が存在するかどうかは疑問であること、褐鉄鉱床は、含鉄鉱泉に起因し、硫黄鉱床は主として硫気ガスに由来すると考えられるもので、両者は、成因ならびに形式を全く異にする鉱床であるので、同一地域に共存することは、一般的にはあり得ないものであること、現に稼行中の鉄鉱に床の附近には硫黄鉱床は全く認められないこと、以上の各事実(従つて、第五九〇九号試堀権の鉱区の鉄鉱は、前記、胆振国における硫化鉄鉱と共存する赤鉄鉱とも、後志国における硫化鉄鉱と共存する褐鉄鉱とも、その成因及び賦存の状況を異にするわけである。)を認めることができ、また(ロ)原審における受命裁判官の検証の結果と原審鑑定人斎藤正次の鑑定の結果を綜合すると、右検証の際控訴人らの訴訟代理人は、第五八九九号試堀権の鉱区において採取して、「鉄明ばん石」であると主張した石塊二個は、鉄明ばん石を殆んど含有していないことを認めることができる。
そうだとすれば、第五八九九号試堀権の鉱区内に存する鉄鉱と金鉱、銀鉱、銅鉱、硫化鉄鉱、硫黄及び明ばん石とは、異種の鉱床中に存するものと認めるのが相当で、これと同旨に出た札幌通産局長の第五九〇九号試堀権の許可、ならびに被控訴人大臣の異議棄却の決定は、いずれも相当である。
三、控訴人らは、右認定に反し、札幌通産局長の第五九〇九号試堀権の許可は不当である旨、原判決添付別紙書面記載のように、るゝ主張するが、これらの主張は、いずれも採用し得ない。すなわち、
(一)、原判決添付別紙書面記載控訴人らの主張一について、
ある鉱物が賦存していることと、それが他の鉱物と同種の鉱床中に存することとはその意味を異にすることはいうをまたない。第五八九九号試堀権の鉱区において、同試堀権の目的たる鉱物と鉄鉱とが、共存している事実はこれを認めるべき証拠がない。又、胆振国において硫化鉄鉱と赤鉄鉱、後志国において硫化鉄鉱と褐鉄鉱が、それぞれ共存する事例があるが、それらは例外的な事例であり、なお、札幌通産局の六分類の原則は、それらの例外的事例の場合にも、例外的取扱いを許さないという趣旨のものではないのであるから、右のような例外的事例があるからといつて、右六分類の原則を不当ということはできない。そして、本件鉱区における鉄鉱の成因及び賦存の状況は、右例外的事例の場合と異ることは前段認定の通りであつて、本件鉱区について、五分類の原則を適用すべしとの控訴人の主張は当らない。
(二)、同上二、について、
鉱床の異種同種を決定するには、単に鉱物の成因のみによつてこれをなすべきものではなく、札幌通産局の六分類の原則もまた、成因のみによつたものでないことは、前段説明によつて明かである。また、札幌通産局の六分類の原則が、同管内における実情に照して、合理的なものである以上、他の通産局の分類と異つているからといつて、これを不当なものということはできない。硫化鉄の二次的変化による褐鉄鉱床と、鉱泉沈澱型褐鉄鉱床とが共存することがあり得るかどうかは別として、本件鉱区においてそのような共存の事実を認めるべき証拠はない。なお、控訴人主張の日鉄鉱業株式会社脇方鉱山において、硫化鉄鉱の大鉱床に着脈したとの事実も、これを認めるべき証拠がない。
本件主張第三段は、本件と関係があると認められないから、判断を加えない。
(三)、同上三について、
控訴人ら主張の(一)ないし(四)の鉱山について、鉄鉱が他の鉱物と同種の鉱床にあるものとして、札幌通産局長もこれを承認して、鉱業権を許可していることは、被控訴人の認めるところである。しかし、鉱床の異種は、鉱区毎に論ぜられるべきもので、なお、札幌通産局の六分類の原則が例外を認めないものではないことは、前に繰返し説示した通りであるから、右(一)ないし(四)の鉱山について、右のような事例があるからといつて、第五八九九号試堀権の鉱区についても、鉄鉱と、その他の鉱物とが同種の鉱床にあるものと認定しなければならないものでないことは言をまたない。
(四)、同上四、五について、
札幌通産局の六分類の原則が高度の妥当性を有することは前に説明の通りである。そして、同原則によれば第五八九九号試堀権が硫黄をも目的とする以上、金鉱、銀鉱、銅鉱、硫化鉄鉱、明ばん石をも、硫黄と同種の鉱床中の鉱物と認めるべきことになるわけである。右鉱区において、硫黄と鉄鉱が共存するものと認め得ないことは、前に繰返して説明した。又、附近の所論鉱山が、あるいは硫黄、あるいは鉄鉱を産するとしても、それだけで、第五八九九号試堀権の鉱区に硫黄と鉄鉱とが共存するものとなし得ないことは言をまたない。
(五)、同上六について、
甲第七号証によれば褐鉄鉱床に鉄明ばん石を伴う可能性のあることが認められるが、同証によつても、褐鉄鉱床が必ず鉄明ばん石と共存するものと認めることはできないし、その他第五八九九号試堀権の鉱区内において、鉄明ばん石と鉄鉱が共存することを認めるべき証拠はないから、本主張もまた理由がない。
四、以上の次第であるから、控訴人らの本件請求は理由がなくこれを排斥した原判決は正当である。
よつて民事訴訟法第三八四条第九五条第八九条を適用し、主文の通り判決する。
(裁判官 内田護文 鈴木禎次郎 入山実)